センター試験日本史Bのチカコとマサコの会話がすごい!歴史をなぜ学ぶのか

今年度のセンター試験の日本史Bの第1問は高校生のチカコと、歴史の教員を目指しているマサコの会話を通じて出題されています。

チカコ:それにしても、なぜ歴史を学ぶ必要があるのかな?歴史を学んだり研究したりしても、経済的な利益や技術革新には結びつかないから、そんなのは無駄だっていってる人がいたよ。

マサコ:それはとても貧しい発想だね。

マサコさん、一刀両断ですw

 

マサコさんはこうも言います。

過去の記録にもとづいた歴史書の中には、特定の目的のために記述されているものがあるから、すべてを鵜呑みにしてはいけないよ

 

歴史が記録された「史料」は概ね特定の立場から見た偏りがあります。全く無色透明な史料は存在しません。鵜呑みにせず、その史料に書いてあることが真実がどうか、厳しくチェックすることを「史料批判」と言います。その史料の書かれた事情を踏まえて書いてあることの真偽を調べる、他の史料と比べ、どちらがより妥当か、考える。その時に当然様々な学術的な知見を基にして推量し、分析し、仮説を立て、その妥当性を検証する。これが歴史学という学問の営みです。チカコさんは「なんだか難しいなあ」といっています。

 

それに対してマサコさんの返答がまた秀逸です。

だから、偏りのない幅広い知識が必要なんだよ。

 

そうです。幅広い知識が必要なのです。いわゆる「教養」というものですね。全ての学問には教養が必要です。自分の立っている視点が妥当かどうか、それを検証するためには客観的な視点が必要です。

 

またマサコさんはこうも言います。

社会状況によっては、特定の主義主張に沿わない考え方が弾圧されることもあるんだ。たとえば、歴史書としての『古事記』『日本書紀』の特質を明らかにした津田左右吉の著書は、発表当時も現在も、実証的な研究として評価されているけど、思想・言論の統制が強化された時期には問題視され、発禁処分を受けたこともあったんだよ

津田左右吉(つだそうきち)の実証的な研究は、大正時代にはかなり評価され、古代史の議論のベースになっていました。しかし昭和に入り、国家主義が強くなると、『古事記』『日本書紀』の記述を批判したことが政府から問題視され、津田と津田の著書を発行した岩波書店の社長は出版法違反に問われ、有罪となります。美濃部達吉(みのべたつきち)の憲法学説も大正時代には通説として扱われ、官吏登用試験にも使われていたにも関わらず、国家主義が強化された昭和10年代には発禁処分となり、美濃部は貴族院議員を辞職することを余儀なくされました。

 

それを受けてチカコさんは言います。

いろいろな考え方や立場が尊重されない社会なんて、とても窮屈で嫌だな……。偏った考えにおちいらないためにも、いろんな知識を身につけないとね。

 

 

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